【教養】ミーハーのための論理的思考法。インテリらしく整理する

論理的であるということの最低条件は何かを解きほぐしてみれば、極めて簡単なことを言っていると思われるかも知れません。実は論理的であるということの目的は実に簡単なことなのです。この場合、論理性を確保するということが問題の中心であることがわかると思います。その通りなのです。論理性を確保できているのであれば、論理的なのであって、論理学はそのような方法の一つあるいは少しを取り扱っているに過ぎません。

ある人を頭が良いと評価するとき、その人が論理的であるということをも意味しますね。論理的であるということは頭が良いことの一つの要素です。論理的な人は、同じ失敗を何度もしないことが期待されます。同じことを何度も何度も繰り返していると愚かだと評価されるでしょうね。つまり論理性は重複がないことを意味します。同じ物事が何度も大切だとノートに書かれているとそのノートの持ち主が馬鹿に見えるに違いありません。

また、大切なことが複数個あるはずなのに、その中の一つだけに焦点を当てて主張していると論理性があるとは言えないのです。むしろモノを知らないことを自ら表明している人の行動に違いないのです。つまり全体から必要な要素が欠けていることは論理的になることができません。論理性の目標は以上の2つだけだということになっています。つまり重複なく、欠けるものなくということなのです。

論理的に学習することが効率的な学習では必要なことになります。つまり知るべき重要なことをすべて知ること。そして重複した学習をしないことが求められるはずです。これらの要件を満たした学習をするためには、学習項目の全体地図が必要になるでしょう。また学習するべき内容を明確にする判断が求められます。そして学習した項目の全体が見通せることが大切になってきます。

学習項目の全体地図には、学校で指定されている教科書に掲載されている目次などを活用することができます。教科書の目次は学習しなければならない項目が順番に羅列されているからです。その項目はさらに細かい説明からできていますので、それらの細かい説明が理解できていれば、その項目は理解しているという判断ができるのです。

次に学習内容の判断を見当してみましょう。学習にとって大切な項目とは、知らなかった事に限られます。既に知っていることは学習対象にはなりません。知らなかったことを網羅する必要があるということなのです。これを勘違いして、人生にとって大切なことなどと考えている人は学習内容が混乱してしまって、何を学習しているのかわからなくなってしまいます。

学習の内容を記録保存することで、学習した項目の全体が見通せるように工夫しておくことが大切になってきます。具体的には学習ノートを内容にしている項目リストを作る作業になるでしょう。この項目リストは、後々、必要に応じて学習内容を参照する時に大変役立ちます。数年後に前の記憶を呼び出したい時、すぐに参照することができるだけではなく、何となく疲れてヤル気が出ないときなどに見直す事で、元気と自信を得ることができます。

記録をしっかりとつけておく習慣は、時間を超えて論理性を持ち続けるためにどうしても必要なことなのです。この習慣はまた、私たちの潜在的な能力を活用する重要な手段になるでしょう。一種のライフハックとして度々お世話になる資料になるでしょうし、様々な場面で活用できる基本技術の一つになります。ですから記録の並びはカテゴリー分けして日付順に並べておく事で、確かな論理性が担保されることになります。

【応用可能】簡単時間管理は学習の基礎技術。こうすれば効率UP

子どもの頃、思い出せば既に40年近くが過ぎてしまっていますが、現在でもさまざまなことを学習し続けている身としては、未だに活用している原則があります。それは時間の割り当てに関するノウハウです。時間の配分は学習の効率に強く影響を及ぼします。学習に集中力が欠けてしまうともはや学習ではなくなりますが、集中できる時間には限界があるからです。

最近でもインターネット上ではどのような学習スケジュールが効率を上げるかというノウハウが語られることがあるようですが、原則は30分が一つの単位だということです。25分の集中時間を学習に当てて、5分を休憩に当てる人、そして20分を集中時間に当てて、10分を休憩にするという配分が違っているのです。しかし、全体としては2時間をひとまとまりの時間としているという意味では人間の時間感覚によく適合しています。

昔の日本の時間は2時間がひとつの単位になっていました。歩く距離であれば2里(8Km)から3里(12Km)という見当で歩くことができる距離になります。日の出から日の入りまでの、人間が活動できる時間を6つに分割して12時間と考えていたのですね。昔の時間感覚は決して時代遅れのものではありません。人間の感覚に基づいて経験的に見つけ出されたサイクルを形成しているのです。

このような感覚的・経験的なサイクルを活用することは決して不効率ではないのです。このサイクルを無視して時間をスケジュールしてしまうと、翌日に疲れを残してしまったり、翌日以降の作業の効率を著しく低下させてしまう危険があります。感覚的・経験的な時間サイクルは生理的なサイクルともよく合致しているということができるでしょう。

原則はこれだれです。2時間単位でスケジュールを立てるのです。そして25分間集中する作業をしたら、5分間はリラックスして気分転換をするようにしましょう。これで一つのインターバルが出来上がっていくはずです。嫌な科目、嫌な作業であっても、ヤル気が出なくても、ヤル気に満ちていてもこのインターバルを守って学習や作業を繰り返します。

これによって、作業そのものの効率が相当程度、向上します。さらには精神的な疲労が蓄積していくことを抑えることが可能なのです。このようなことを実証している心理学の実験は数多く試みられています。それぞれに多少の違いが見られますが、小さな違いは無視することができるでしょう。一定の時間内だけ集中してやれば、確実に休憩できるということが意識できるようになってくるはずです。

このように時間を分割して家庭教師の指導をしました。生徒たちは最初は嫌がりましたが確実に休憩があって、その度にマンガなどを読ませてリラックスさせるようにしていると、自分から教科書、参考書、辞書などを整理し始めて、時間になるとノートを開くようになりました。さらに1年も経たないうちに勉強時間を自分で調整するようになったのです。

人間の本性は、飽きやすいという性質を持っています。同じことを延々と続けられるようになるのは、果てしない修行が必要だと私たちは知っているはずなのです。それでも子どもたちが勉強する、あるいは自分たちが仕事をするという時になると、そのような条件を付けて理想化してしまう傾向が強くあるのです。これは不思議なことなのです。それ以上に意味がありません。

時間分割によるインターバル・スケジューリングを感覚的に実行できるようになっていると、様々なシチュエーションに活用できるようになるでしょう。そして驚くほど効率よくそれが達成できるということに気が付くようになります。しばらくするとかつての私の生徒のように言うようになるかもしれません。「先生、私って本当は天才かも」。

【完璧!】面倒な復習はこうして楽勝?秘密の法則は発信するだけ

学習は授業から始まるものではありません。会社でも同様です。仕事は本番に始まるのではありません。客先に出向いて、顧客プレゼンテーションをする時から仕事が始まるなどと考えていては、ほとんど成果は見込めないということになるでしょう。学校での勉強は前日の予習に始まり、授業後の復習でひとまとまりになります。会社の仕事では、事前調査から始まり、顧客のニーズ分析などの準備から始まり、報告書でひとまとまりです。

学習とか仕事という言葉はそれぞれ、一つの言葉が当てられているので単純作業、瞬間を意味するように勘違いしている人たちがいますが、実はいくつかの作業と、幅のある時間から構成されている複合概念語なのです。ですから学習そのものをどうするかということは、考え方としてはまとまりを欠くことになってしまいますし、仕事でも同じように改善目標などは立てることができなくなってしまいます。

予習・授業・復習の意味を把握しておけば、それぞれを達成することができます。予習が重要なのです、と多くの教育者たちが指摘しています。それは予習が将来的には自己学習に結びついていく中心だからです。予習の目標は自分で問題に挑戦する力を養うことですから、ここから予習の目当てが考えられるはずなのです。ほとんどの学習作業が予習で完了してしまうことが理想だということになります。

すると学校での授業は確認作業という役割が前面に立ち現れてくるのです。第三者としての先生とともに予習で学んだ内容を確認する行為が授業での本来の中心課題だと知っておきましょう。予習を通じてわからない箇所、内容をはっきりさせること、記憶のブロックを構成しておくことなどがそれに当たります。もちろん最初から上手くできるはずはありません。ですから小学校、中学校、そして高校と長い時間が用意されているのです。

もっとも面倒で時間が掛ってしまうのは復習です。何故なら、予習と授業で修正しなければならない内容が必ず発生するからです。内容の修正と、記憶の再構成を復習でするだけではなく、さらには記憶のチェックが必要になります。復習でのチェックでは正解とすることがわかっているのですから、先生は不要です。では、自分一人ですれば良いということになるはずです。

ところが、自分による学習内容の確認、自己確認は極めて高度な知的作業なのです。なぜなら知らなくて良いと判断したことは、もはや意識に上ってくることはありません。言い換えれば、知っているつもりになってしまったことは、それが何であるかすらわかり得ないのです。ここには人間一人でできる作業の限界があります。それを知らないと、何度もなんども教科書を読み返す、ノートを眺めるという学習法に頼って成果は出ないのです。

もっとも効率的にこの復習をこなすワザは、学習グループを作ることなのです。学校の友人、あるいは職場の仲間・同僚から構成されるグループを活用しましょう。そんなグループがないというのであれば、さっそく作りましょう。大人数のグループは効率的ではありません。少人数、自分を含めて3名〜4名程度の仲良しグループが最も生産性が高いはずです。

グループのメンバーに復習すべき内容をお互いに授業するのです。記憶ブロックのチェック、項目の漏れ等をお互いに確認し合い、工夫を共有することができれば、その時その時の学習は確実に記憶に刻まれるでしょう。これによって多くのメリットが学習にもたらされることになります。学習を客観視する力は、今後の学習をより効率的に開発する基礎になります。お互いランダムに記憶を確認することができるので記憶定着率が向上します。

もしお子さんの勉強を見てあげる時間があるならば、このグループを家族で構成することもできるでしょう。

【よいこの記憶術】できるかな?例えば英語で実際に試してみよう

生徒・学生たちを恐ろしく悩ませている科目は、おそらく英語ではないでしょうか。大学に入学すると今度は第二外国語の選択を迫られます。外国語を学び始めたときの「あの」苦痛をまた味わうことになると想像するだけで憂鬱になってしまうかも知れません。そして外国語の学習のための記憶は歴史の暗記に比べると遥かに複雑なのです。

単語を覚えなければ、語学が始まらないでしょう。しかし、単語を知っているだけでは語学にならないのです。この意味では、外国語の学習は【よいこの記憶術】を使うだけではなく、【よいこの記憶術】によって獲得された記憶を活用する力を養うことに中心がでてきます。ですから、最初から外国語の学習で【よいこの記憶術】を使用することには難しい挑戦が伴うことになるでしょう。

単語は「綴り」、「発音」そして「意味」、さらに「用法」という記憶しなければならない側面があります。つまり連結が一つという単純な記憶では間に合わないのです。さらに絶望的なことには、本来母国語としている人たちですら、単語の記憶に苦労しているということが挙げられるでしょう。つまりそれだけ言語の記憶は複雑な記憶であって、記憶の形成は難しいのです。

このような理由から【よいこの記憶術】を使って外国語の単語を記憶するためには、少し練習と工夫が必要になります。それぞれの言語には、意味はよくわからないけれど、「綴り」と「発音」に繰り返し表れるパターンがあります。例えばフランス語のEAUという文字の並びは様々なところでお目にかかります。英語ではANTという文字の並びも同様です。

これらの文字の並びに具体的なイメージを連結して記憶ブロックを形成しておくことで綴りと意味とを連結しやすくなります。単語の意味を記憶するだけであれば、単語の綴りと意味とで記憶ブロックを作って、イメージ図を描くことで記憶することができるはずです。この方法で馴れれば、1日に100程度の単語をコンスタントに記憶することができるようになるでしょう。

例を挙げてみましょう。JASET8000という単語集のレベル2の単語にsighという単語があります。意味は、「ため息をつく」という自動詞です。英語のアルファベットにそれぞれ具体的なイメージを当てはめてみましょう(形、文字の音からの連想)蛇(S)、パイ(I)、おじいさん(G)、ホテル(H)でどうでしょうか。すると「蛇」、「パイ」、「おじいさん」、「ホテル」、そして「ため息」でイメージ画が描けるはずです。できるだけ印象が強いイメージ画を描いてみることが重要です。

「ホテル」で「おじいさん」が「蛇」の「パイ」を食べながら「ため息をついて」いるというのはどうでしょうか。それとも「ホテル」で「蛇」が「ため息をついて」いる「おじいさん」の「パイ」を食べているという方が印象が強いでしょうか。やってみればわかるはずですが、記憶することそのものに難しさはないはずなのです。【よいこの記憶術】を利用する英単語の学習はむしろ、再現の練習がポイントになります。

つまり「ホテル」「おじいさん」「パイ」「蛇」そして「ため息」から作られたイメージ画を元に、単語の綴りと意味とを分離する作業がしっかりとできることを求められます。このためにできれば、イメージ画を構成する時に順番を意識しておくこと、歌舞伎で役者が登場する順番と同じ、が大きな助けになるでしょう。順番にイメージの要素が登場して、一つのイメージ画ができあがるように記憶しなければなりません。